解雇規制緩和をめぐる四つの誤解

2021年3月9日火曜日

システム業界問題 経済政策 雇用 政治

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先日も書いたが、解雇規制緩和論をめぐる世間の話にはいくつかの誤解がある。

世間の解雇規制に対する認識は間違いだらけで、事実誤認に基づく解雇規制に対する認識により、SIer論や派遣労働(自称SESなど)の正当性や不当性が語られている。

元になる根拠が事実誤認ではその主張は無意味である。

だから、解雇規制については賛否を問わず、まず事実の確認を行うべきである。

 

SESと言う誤解

これは解雇規制の誤解ではないが、先にIT業界の誤解として指摘しておきたい。

IT業界で良く議論になるSESだが、現在の世間ではSEを派遣労働者として派遣するサービスの事をSESと呼んでいるようだが、私の知る限り派遣SEはSESではない。

私は10年以上前に本物のSESで2年ほど働いていたが、そのSESは派遣労働ではない。

当時所属していた会社は、主に請負契約でシステム開発を受託開発していた中小SIerで、システム開発に「特別な機材が必要」など、特殊な事情を抱えた顧客に対してはSES契約で、客先オフィスや工場などに開発チームを派遣して現場常駐でシステム開発をしていた。

 

現場に派遣されるのはチームであって個人ではない。 チームにはリーダー兼マネージャーがいて、チームメンバーはそのリーダーの指揮命令で仕事をする。

 

顧客はチームに依頼することはあるが、指揮命令はしない。

労働時間の管理も派遣元の所属会社が行い、顧客は関与しない。

顧客には勤務時間・遅刻・早退など報告もしない。

チームメンバーの選別も派遣元企業が行い顧客は関与しない。

契約は人月単価だが、これは請負仕事でも同じである。

 

顧客が求めるのはシステムという成果物だけである。

 

要するに客先常駐しているだけで、受託持ち帰り案件と同じである。

 

私のSESの認識は、このようにチームで客先に派遣され、現場で自社のリーダーの指揮命令と労務管理の下でシステム開発するサービス形態と認識している。

 

ちなみに契約は準委任契約でも請負契約でも良い。

そもそもシステム開発における準委任契約は、要件が定まっていない案件で顧客と相談しながら開発を進めるような案件の時に選択する契約形態なので、持ち帰り案件か常駐案件かは関係無い。

 

今、世間では派遣労働の事をSESと称しているが、これはSESではないと思う。

実体の通りに「派遣SE・派遣プログラマー」と呼べば良いと思う。

 

このままでは本物のSESを派遣労働と区別できない。準委任の常駐なら何でもSESになっている。

 

このSESという呼称も大きな誤解と事実誤認だと思う。

 

[1]解雇規制についての誤解

世間では「解雇規制を緩和しろ」と大きな声で議論が提唱されているが、まず解雇規制の具体的な中身についてはほとんど把握されていない。

また把握している人も意図的に誤解を招くような発言を繰り返している。

 

「解雇規制」と聞くと法律で全ての解雇規制が明記されていて、その法律が厳しくて解雇が難しくなっていると思っている人も多いと思うが、法律の解雇規制はほとんど無きに等しいのが実体だ。

 

法律で解雇規制を明記しているのは、労働基準法と労働契約法だが、ここに明記されている解雇規制は

「解雇する時は30日前に通告しなければならない。それができないのなら30日分以上の賃金を支払わなければならない」

「傷病療養期間の30日間は解雇してはならない」

という「30日ルール」と

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

という規制しかない。

 

他にも「解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないこと」という文言は良く出てくるが、それらは「使用者の権限を不当に濫用するな」という規制にすぎず当たり前の制限でしかない。

法律の条文を読んでみれば法律上の解雇規制はそれほど厳しいものではないという事が理解できるはずだ。

日本における解雇規制は主に司法権の判例によって規制されている。

俗に言う「整理解雇の4要件」というのがそれだ。

 

(1)人員整理の必要性

経営が苦しく人員整理が必要な状況にあること。

 

(2)解雇回避努力義務の履行

役員報酬カットなど解雇以外のコスト削減を行い、解雇対象者を配置転換など解雇以外の処置で処分するなど努力している事。

 

(3)被解雇者選定の合理性

解雇対象者の人選が客観的で合理的である事。

 

(4)解雇手続きの妥当性

解雇対象者とや労働組合と協議しており、合意を得る為の努力をしている事。

 

 

法律ではなく判例なので、これらが法律の様に全ての会社に当てはまるわけでは無い。

これらの判例は主に大企業で下された裁判判決を元にしており、中小企業にはそのまま当てはまらないものもある。

(2)解雇回避努力義務の履行 などは中小零細企業には実施できないものも多い。

実際、中小企業では配置転換などの努力をしていなくても解雇が認められたりする。

零細ならほとんど実施不可能だろう。

 

「整理解雇の4要件」というのは日本企業の大半を占める中小企業においては絶対的なものではなく、中小企業における解雇規制はそれほど厳しくないのが実状だ。

労働組合も無ければ(4)解雇手続きの妥当性も問われる事は少ない。

 

また、「解雇規制が厳しい」と騒いでいる中小企業も解雇努力を怠っている事が多く、(3)被解雇者選定の合理性を満たす為に、成果の客観的測定や、解雇の正当性を裏付ける事実の記録などを全く行っていない事が多い。 成果を数値化して客観的に評価している中小企業などほとんど見たことがない。

 

実質には中小企業の解雇規制の要件など(1)人員整理の必要性と(3)被解雇者選定の合理性ぐらいしかないだろう。

(2)解雇回避努力義務の履行と(4)解雇手続きの妥当性は実施が不可能故に黙認されるはずだ。

(1)が無く、(3)も出来なくては、流石に怠慢でしかないだろう。裁判所でなくても常識的に否定すると思う。

 

つまり、日本の解雇規制は法律ではなく、裁判所の判例で規制されており、その判例は企業規模によっては実施不可能なものもあるので、規模の小さい会社では問われない場合もある。

よって、全ての会社において解雇規制が厳しいとは言えない。

法律ではないので、規制は一貫していない。

 

この点を多くの解雇規制緩和論者は知らないか、誤解している。

意図的に誤解させている場合もある。

 

[2]法律に終身雇用義務は存在しない

終身雇用もまるで法律で義務づけられているかのように「規制緩和しろ」と騒がれているが、終身雇用などという法的義務は存在しない。

終身雇用は大企業が自分で勝手に行っているだけで、法律や制度で義務づけられているわけではない。

止めようと思えば止められるのだ。

既にトヨタを始め日本の大企業は終身雇用を放棄している。

その際、法改正など行われていない。

法改正する必要などないからだ。

 

裁判所の判例でも終身雇用を義務づけてはいない。

 

 

[3]解雇規制を緩和すれば雇用が増える

これは明確な間違いである。

アベノミクスを見れば分かるように雇用を左右するのは、日銀の金融政策を中心としたマクロ経済政策であり、解雇規制や最低賃金などミクロな政策では根本的には大きく影響しない。

 

雇用が増加する為には国全体の「円」経済圏において、事業への投資が活発化して労働需要が増加する必要がある。

 

そのためには、インフレ期待と呼ばれる「将来通貨の価値が下がるだろう」という人々の期待が必要になる。 このインフレ期待があると、人々は「将来価値の下がる通貨(円)」を「将来価値の上がる資産」と交換しようとする。

それにより、株式など金融商品や物などの購入が促進される。

この状態になると株式が売れる事で企業に資金が集まり、株主圧力により「利益の増加」を要求されるようになる。

通貨価値の下落が予想され、金利も金融政策で低くなっているので、企業は融資を受け易くなる。

結果として企業は資金も集まり、売り上げと利益を増加するために事業を拡大する。

店舗を増やしたり、工場を増設したりする。

新しい店舗や工場を作るにはそこで働く労働者が必要になる。

これにより国全体で、雇用が増えるのである。

 

金融政策などマクロ経済政策も無く解雇規制緩和だけやったところで、失業者が増えるだけである。

雇用が減り消費が減り企業の総売り上げが減り、更に失業者が増える。

 

更に言えば、金融政策で雇用が増え、これ以上労働者を供給できない「完全雇用」状態になれば、勝手に転職者や起業家が増えて雇用が流動化する。

解雇規制は関係無い。

 

 

[4]解雇規制を緩和しなければ雇用流動化する事ができない

これは意味が分からないのだが、多くの企業が本気で雇用流動化の為に解雇を容易にしたければ、有期雇用制度で社員を雇用すれば良いのではないか。

全て有期雇用にするのが難しいのなら役員など中核層だけ無期雇用にして、大半を有期雇用にすれば、会社の利益に貢献していない社員は契約更新しなければ良いので、別に無期雇用の解雇規制を緩和しなくても解雇は可能である。

有期雇用は通常は5年以内しか契約できないが、5年も雇用していれば優秀か無能か識別できるだろう。

5年間優秀な労働者として勤務していたのなら無期雇用に転換しても問題ないだろう。

その社員が10年後に無能になったら会社の育成のやり方が悪いだけである。

 

IT系システム開発プロジェクトの場合は、一つのシステムの開発に2年以上の時間を掛ける事は少ない。 5年もあれば十分のはずだ。

私は好きじゃないが「人的レバレッジ」でプロジェクトごとにITエンジニアを集めて、終了するたび解散するなら、有期雇用契約で直接雇用するのが適切だと思う。

偽装請負や多重派遣など問題の多い派遣労働にするより、堅実だろう。

 

「有期雇用は非正規だぞ ! そんな権限のない人間に重要な仕事を任せられるか」とか言う、わけの分からない反論を受ける事もあるのだが、同一労働同一賃金の流れを見れば分かるように、非正規に権限を与えないのは企業が勝手に行っている「差別」であり、本来あってはならないものだ。

 

無期雇用と有期雇用は雇用期間の定めが有るか無いか、の違い以外は法的には平等である。

労働者としての権利に優劣はない。

だから政府は同一労働同一賃金で差別を無くそうとしている。

 

非正規に無期雇用と同じ権限を与えないのが、そもそも違法だろう。

 

どうやって解雇規制を緩和するのか

これは誤解とは違うが、法律ではなく裁判所の判例で解雇規制が定義されている現状で、いったいどうやって解雇規制緩和を実現するのだろうか。

方法論として良い方法が思いつかない。

 

大企業と中小企業と零細ベンチャーに同じ解雇規制は適用できない。

今は判例だから柔軟に運用できているが、法律は「法の前での平等」が必要だ。

大企業と中小企業と零細ベンチャーに同じ法律が必要になる。

下請法のように、資本金の額で法律を分けるのだろうか。

経営状態の評価はどうするのだろう。

売り上げより投資を増やして赤字経営にしていたら「経営が苦しい」と判断して金銭解雇を許すのだろうか。

 

正直なところ、解雇規制緩和を訴える人々からは具体的な労働契約法などの法案などが提案されていないので、どんな解雇規制法案を考えているのか分からない。

 

また、元々法律の解雇規制は厳しくないので、判例の解雇規制緩和を実施するとなると、法的には今より厳しい解雇規制を法律に書くことになる。

判例より規制緩和され、30日ルールより厳しい解雇規制を労働契約法に明記することになる。

 

その半端な解雇規制が定義されたとして、裁判所は現在の「整理解雇の4要件」を緩和するのだろうか。

司法権にそのような義務があるのか、良く分からない。

現在の「整理解雇の4要件」をそのまま存続する可能性もあるのではないのか。

 

以前の記事で「解雇規制は司法権が握っている」という意味の話をしたが、これはそういう問題の事だ。

今の状況で立法権は解雇規制を緩和できるのか、不明だ。

 

解雇規制ではなく、逆に解雇義務を法律に書けば裁判所を従わせる事ができると思うが、そんな法律を国会で可決できるだろうか。

 

規制緩和した「整理解雇の緩和4要件」と同時に「解雇しなければならない四要件」という法案を作って、それを国民が認めるだろうか。

 

具体的に法律で解雇規制緩和を実現しようとすると、結構難しいと思う。

 

ご自分でも考えてみたら良いと思う。

 

解雇規制緩和論は雑な議論をしている

以上のように社会科学や経済学の専門家ではない、世間の解雇規制緩和論はかなり多くの事実誤認をしており、いい加減な議論をしている事が分かると思う。

 

解雇規制緩和について賛成か反対かに関係なく、まず事実関係を正しく確認する事をお勧めする。

 

事実誤認に基づく議論など時間と精神エネルギーの無駄でしかない。

 

 

最後に、誤解の無いようにお断りしておくが、私はフリーランスなので解雇規制とは何の関係もない。

 

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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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