「誰が何の役割を持ち、それに必要な権限と情報が与えられているか」ということをどうして管理者は考えないのだろう ?

2019年6月25日火曜日

システム開発 システム業界問題 道徳常識

t f B! P L

世の中に「優秀な経営者」や「有能な管理者」が存在することは認識している。

しかし、長年働いてきて認識したのは「日本企業は計画と管理が駄目な会社と人が多い」ということだ。

こういうこと言うと「優秀な経営者や管理者だっているぞ!」と反論する人がいる。
ハッキリ言うがこの反論は反論になっていない。
一部に優秀な経営者や管理者がいるとしても、「計画と管理が駄目な会社と人が多い」ことを否定したことにならない。
2割の優秀な経営者と管理者がいたとして、残り8割が駄目では「管理が駄目な会社が多い」ことに変わりは無い。

2割が4割でも同じである。6割なら考え直すが経験的にそれはない。

計画に関してはリソース(人・物・金・時間・情報)の掌握と依存関係の補足ができていないのだと思う。
計画の依存関係については以前、ガントチャートとPERTについて書いたのでここでは書かない。
リソース問題については別の機会に書こうと思う。

今日は「管理」の問題について書きたい。

上位者からの指示や、横の連携での依頼(業務担当からIT担当への依頼など)の場合、指示や依頼の受け手への仕事の出し方に二つのやり方がある。
「振る」と「任せる」である。
検索して貰えば分かるが、この認識は割とメジャーな概念である。

仕事を「振る」というのは、例えば「この書類を次の会議の参加人数分だけ印刷しておいて」というように細かい「作業」の指示を出し仕事の受け手を、上位者が自分の手足のように使う仕事の任せ方である。

このやり方は仕事の受け手が自分で仕事の進め方を考えることができないので、仕事の進め方について考えるのは管理者(依頼者)の仕事になる。
受け手は自分の頭を使うことができない。
必要な情報を与えられていないからだ。

人の使い方としては「下手くそ」な使い方だ。
人に仕事をやって貰うのに依頼者が仕事の進め方について考えなければならなくなる。
人が増えても使用している「脳」は管理者の物一つだけだ。
頭脳労働の場合人が増えても生産性が上がらない。

これに対し「任せる」とは、仕事の依頼者が業務上の「課題」と「必要な業務情報」を受け手に伝え、「まとまった要望」を出して、その「課題」を解決し「要望」を満たす仕事を、仕事の受け手が自分で考えて実施する人の使い方だ。
受け手は自分の頭で「課題」を解決し「要望」を満たす方法を考える。
依頼者は仕事の内容については考えなくて良い。

人の使い方としては「上手」な使い方だ。
管理者は「課題」と「要望」を文書にまとめるだけで良い。
頭を使うのは仕事の受け手だ。
人が増えても人の数だけ「脳」が増えるので生産性が上がる。

「任せる」のは難しい


ただ、仕事を「任せる」のは「課題」と「要望」を文書にまとめる必要があるので「振る」より難しく面倒だ。
しかし任せた仕事のことを依頼者は考えなくて良いのでトータルでは楽なのだ。

文書にまとめる必要があるのは、「依頼者が依頼内容に矛盾や漏れがないか確認する為」と、「依頼者がどんな依頼をしたか忘れてしまうのを防ぐ為」である。
プログラマーなら分かると思うが人間は「昨日の私は別の人」である。
数日前に書いたコードが何か忘れてしまうものなのだ。
マネージャーも同じである。
依頼内容の詳細は忘れてしまうものだ。
だから記録しておく必要がある。

怠慢な管理者にはこの「課題」と「要望」を文書にまとめることを手抜きして、「矛盾と漏れ」だらけの依頼を出し、手戻り作業を何度も繰り返して、生産性を悪化させる。
挙げ句の果てに「やっぱり任せるのはダメだ! 仕事は振った方がいい」と言い出し益々生産性を落としていく。

「任せる」のは外注と同じなので、発注者責任が伴う。
受託者が必要な業務情報の提供と依頼内容の凍結がその責務だ。

誰が何をやるか明確に決まっていない


長年日本企業の中で働いてきて思うのは「役割の範囲が不明確だ」ということだ。
役割が不明確だと「誰が何をやるか決まっていない」という状態になる。
日本の組織では個々人が周囲の状況を同僚に聞いて回って、バラバラに状況を把握して、個々人が「今やるべき仕事は何か」を判断して、何をやるかバラバラ決めそれを一々管理者に報告して、許可を貰って取り掛かる。

ピラミッド型組織なら管理者がやるべき仕事を個々人が重複努力することで、実施しているので、とても管理効率が悪い。

現在の状況は管理者が情報収集してメンバーにアナウンスすべきだし、次にやるべき仕事は管理者が用意しておくべきだろう。
ピラミッド型組織ならその仕事を誰に任せるか考えるのも管理者の仕事だ。
つまり日本の組織では管理者が管理をしていないのが多数派なのだ。

海外企業で働いた経験があるわけではないので、海外と比較しているわけでは無い。

しかし、ピラミッド型組織の管理の仕組みぐらいは分かるし、管理者の仕事が管理であることを否定する人間がいたら、「では管理者の仕事は何なのですか?」と聞いてみたい。

「任せる」にはまず役割の明確化が必要


現在の日本の組織の大半が「似非セルフマネージ」で本来は管理者が一人でやるべき管理業務を個々のメンバーが重複や衝突しながらバラバラに行っているので、効率が悪く人間関係もギスギスし易い。

効率良くやるなら、管理者が管理という役割を100%引き受けるべきだし、個々のメンバーも重複や漏れや矛盾のない明確な「役割」を与えられるべきなのだ。

「役割」の分割はシステム開発においては「モジュールの分割」に等しい。
「役割」の分割は「成果物」の分割である。
「成果物」が分割できれば「役割」は明確に分かれる。

「役割」は明確になれば「責任」の所在と範囲が明確になる。
また、「役割」を満たす為に必要な「権限」と「情報」も明確になる。

もう一つ重要なのが与えられた「役割」の範囲内では意志決定は自由にできる点にある。

日本の組織は役割が不明瞭なので何かをやろうとすると関連業務や別担当者とのしがらみで、交渉や相談しながらでなければ仕事を進めることができない場面が多すぎる。
「当たり前だ! 仕事とはそういうものだ」と言われそうだが、こんな非効率で無責任な体制を「当たり前」と思っているから生産性が上がらない上に長時間労働が常態化したりするのだ。

「役割」明確にすれば役割と役割の間のしがらみ自体が少なくなるので、必要な交渉や相談の数が減る。

システム的に言えば「疎結合」というやつで、システムを構成するモジュールをカプセル化して内部を隠蔽し、モジュールとモジュールの接点を必要最小限に設計することで、モジュールの仕様変更の影響が他のモジュールに及ぶ事を最小減にする開発手法に似ている。

日本の組織はシステム的には「役割のスパゲッティーコード」のようになっていて、絡まり合う役割のスパゲッティーが邪魔になり仕事が進めにくい状態になっている。

「役割」を明確にしないのは誰も責任とりたくないから


「役割」を明確にすると計画に遅れが出たり、不具合が発生したときに「どこに問題があり誰の責任なのか」が明確になりやすい。

日本の組織が「役割」を明確にすることを嫌がるのは「誰も責任を取りたくない」からだと思っている。

とにかく日本企業では上位者による「責任逃れ」「部下への責任の押し付け」が多すぎる。
「役割」が明確でないことを良いことに権限の強い者が失敗の責任を他者のせいにすることが常態化している。

「役割」を明確にすると、今まで他者に責任を押しつけてきた上位者が、自分で失敗の責任を取らなければならなくなるので、「役割」を明確にしたくないのだろう。

結局はリーダーの責任


日本企業の「役割」を曖昧にしておく「無責任体質」は結局の所、リーダーが無責任だからその組織全体が無責任になるのだと思う。

リーダーが「役割」を明確にする人物なら組織も「役割」を明確にする体制になるだろう。

無責任な組織を好むのは無責任な人だ。
そういう人を集めたいのなら好きにしたら良いと思うが、これからインフレ経済に突入するので、それでは会社は存続できないと思う。

「役割」は明確にしたほうが良いし、それに伴う「権限」と「情報」(予算や時間も)なども提供すべきだろう。
これは上位者の仕事なので、最終的にはリーダーの仕事だ。

日本の組織はマネージャーの役割をメンバーに押しつけている組織が多すぎる。

マネージャーはマネジメントしろと言いたい。



もちろん、ちゃんとやっている組織も存在することは把握している。
それが反論にならないことも先に説明した。



これを見て「あーやっぱりそうか」と思った。マネジメント能力以前の問題だな。

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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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