人類は人類である以前に生物である

2019年4月8日月曜日

閑話

t f B! P L

人類は社会性動物である。
社会性の機能は主に大脳の前頭葉に備わっており、前頭葉は物事の因果関係の記憶を保持する事によりチームによる共同作業を可能にした。
「因果関係の記憶」は歴史とプロジェクト計画書のような物で、「過去に何が起こったか」と「これからどんな順序で何をするか」を記憶する機能だ。
これがないとチームによる共同作業はできないことは理解できると思う。
「因果関係の記憶」は一般的に「物語」と呼ばれる。
人類は「物語(歴史)」を記憶し「(将来の計画を)創る」機能によって、共同作業を可能にし、自然界の生存競争を勝ち抜いて来た種族で有る。

但し、この前頭葉の機能には欠陥がある。

大脳の前頭葉は社会性を機能として持っているが、この機能の中には脳の中心にある脳幹や大脳辺縁系から生じる「欲求」を抑制する機能がある。

社会的共同作業を行う為には状況によっては個体の欲求や欲望を抑えなければならない場合がある。
共同作業で狩猟採取などで食料を調達しているときに、個人の欲求に任せて、食料を独り占めしたり、仲間の食料を横取りしたり、助け合わなければならない状況で、仲間を危険にさらしたりするようでは、人類は共同作業ができない。
共同作業が出来なければ人類の現在の繁栄はない。
そこで共同作業を可能とする為に個体の欲求を抑制する機能が備わった。

しかし、この機能は時々過剰に個体の欲求を抑制してしまう。

過労死やうつ病などがそれで、前者は「身体が疲労して限界を迎えているのに働き続けてしまう」という問題がある。
過労死には会社に強制されたものもあると思うが、死ぬほど苦しければ逃げるか闘うかが生物としては正しい行動だ。
生物として正しい行動を取らずに働き続けるのも、前頭葉の「欲求を抑制する機能」があるからだ。
後者のうつ病も大脳辺縁系からの身体的欲求を前頭葉が理性で抑制しすぎて、身体が安全装置として活動能力を強制停止したのが「うつ病」だ。
つまり前頭葉に身体が逆らっている状態だ。

前頭葉の欠陥と言って良いと思う。

この前頭葉と理性の欠陥により、人類は「過剰な社会性」のために自らの身体を破壊してしまう危険性を持っている。

だから私たちは社会性を持った「人類」であることより、生きている「生物」であることを自覚する必要がある。

人類として法律や契約や良識を守ることは確かに必要だ。
だがそれ以上に生物として自分の命を守ることは全てに優先されなければならない。

人類はその社会性故に時々個体としての欲求を見失ってしまう。

社会は人類が生き残る為の道具である。
道具を残すために死ぬのは本末転倒だろう。
家族を守る為に死ぬというのならまだ分からなくもないが、あくまで社会は生きる為に活用すべきだろう。

もし社会(の一部)が敵になり襲いかかってくるのならば(ブラック企業のように)、生きる為に闘うべきだろう。
相手に危害を加えてでも。

大脳辺縁系や自律神経の欲求にもあまり逆らわない方が良い。
社会性を大きく失わない範囲で欲求に素直に生きなければ「うつ病」ように身体がストライキを始めてしまう。

社会人は異常なほど「社会性」を人々に要求してくる。
「遅刻をするな」
「命令に従え」
「勤勉に働け」
「お客様は神様です」
など切りが無いほど「身体の健康を損なう」レベルの社会性を要求してくる。
周囲を取り巻く大半の人間がそんな要求を四六時中ぶつけてくる。

社会性は大事だが、それは「生物」を辞めてしまうほど重要なものではない。

「人類は人類である以前に生物である」
ということを常に意識することは大事だと思う。
全ての人類が。

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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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