人生はゲームである

2019年4月7日日曜日

閑話 道徳常識

t f B! P L

今日の話題は「閑話」です。
気楽に読んでください。

海外はどうか知らないが、日本社会は仕事でもキャリアでも結婚でも「失敗は悪」という価値観で評価する社会だ。
転職が多いほど雇用されにくくなるし、介護や病気などで職歴に空白があるほど雇用されにくくなる。
企業の内部の人事でも「失敗の少ない者」ほど評価が高く、離婚歴の多い人ほど結婚はし難い(異論もあると思うが)。

しかし現実の社会では「失敗の多い人ほど成果を上げている」のが現実だ。

学校道徳と企業常識で「失敗は悪」という考え方をすり込まれる為「新しい事を始める」ことや「未経験のことを始める」こと「環境を変える」こと「付き合う相手を変える」ことなど「全ての変化を悪」と考える慣習が社会の至る所に根付いている。

しかし仕事も企業活動も恋愛も結婚も人間関係も全ては「ゲーム」なので必ず「勝者」と「敗者」が発生する。
ビジネスには「win-winの関係」という状態があり「両者が勝者」ということもあるので勝者の数だけ敗者が生じるわけではないが、市場競争がゲームであることは否定できない事実だろう。

「人生100年時代」と言われるほど寿命が長くなると「一生失敗しない人生」は確率的にあり得ない水準になる。

結婚にしても20代で結婚して100歳まで添い遂げるのは相当難しいはずだ。

企業競争も新しい技術の数が増えている上に、新興国の台頭により競争相手が増えている為、勝ち続けるのはホンの一握りの会社であり、大半の会社は途中で脱落していく。
技術革新で業界ごと無くなってしまうことも多い。
印鑑業界など風前の灯火だろう。

そうなると労働者も一つの仕事を続けていくのは難しい。
一生一つの会社に勤めるなどほとんど不可能だと思う。

寿命が長いからこそ、途中で病気になる確率も増える。

医学が発達したからこそ、昔なら死んでしまう病気になっても社会復帰できる確率が増えている為、返って「途中で病気になった場合のこと」を想定しなければならない。
昔なら「病気になったら死ぬだけさ」と考えるので考える必要がなかったと言える。

つまり「失敗は悪」という社会通念は現代社会には合っていないということだ。

不確実性の高い社会では「色々試して全体の収支が黒字になるように努力する」ことであり、それは正に「ゲーム」以外の何物でもない。

ゲームは沢山プレイすればするほど、失敗の回数は増えていく。
しかし「失敗の赤字」を「成功の黒字」が少しでも上回れば成功なのであり「失敗の回数」に意味はない。
「失敗を悪」と考える価値観が支配する社会の中では、建設的なゲームはできない。
つまり生きられなくなってしまう。

権力を握る高齢者達は価値観を変えないだろう。
しかし「失敗を悪」と考える高齢者達に付き合っていたら我々は生きられなくなってしまう。

個人の生き方だけでも「失敗を悪」という価値観を捨てるべきだし、長期的には社会全体から葬り去るべきだと思う。


最後に「ゲーム」というものは「戦争の模型」であることをお忘れなく。

このブログを検索

Translate

人気の投稿

自己紹介

自分の写真
オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

QooQ