「生きる価値」という意味不明な言葉

2019年3月30日土曜日

閑話

t f B! P L

twitterなどを閲覧していると、うつ病とか発達障害の人々に浴びせかけられる言葉に「お前なんかに生きる価値はない」という言葉がある。

病人や障害者相手にひでーこと言う奴がいるもんだが、こういう人は珍しい存在では無い。
私も超過労働とパワハラでうつ病の経験があるが、世の中の八割ぐらいの人間は本当にモノを知らなくて、うつ病が病気だと理解できない。

うつ病というのは脳中枢の疲労で、超過労働や高ストレスなどが長期間続いて、脳が壊れる前に安全装置としてブレーキをかけた状態である。
疲労なので休養して疲れが取れると治る。
人によって休養に何年もかかる場合がある。

人間に備わった安全装置なので異常なものでは無い。
大体、「うつ病は怠け者だ」と言っている人間の中には「うつ病罹患率の高いブラックな企業の経営者や管理職」が混ざっている。
自らのマネジメントの不備を誤魔化すために、全責任をうつ病患者に押しつける為に「怠け者論」を吹聴しているので騙されてはいけない。

「うつ病はマネジメントの失敗の証拠」である。

うつ病患者を見るのでは無く、その上司を見ろ。
そいつが問題の原因だ。

ちなみに社長がうつ病になったら多分「顧客」が悪い。
取引先を変えるか仕事のやり方や契約の内容を変更すべきだろう。

発達障害は個性が極端な形で表れただけなので、特に異常では無い。
社会システムが極端な個性に対応出来ていないだけである。

前振りはこれぐらいにして本題に入る。
まあ、今回は大した話では無い。

「生きる価値」って変な言葉ではないか ?

「価値」という言葉は倫理の世界でも使われるようだが、「罪の重さ」などを考える為のようなので、「生きる価値」という表現とは関係無いだろう。

「価値」という概念は殆ど経済的な価値に使用される。

物の値段を決めるための概念なので、「価値」という概念自体、人間の道具である。
市場取引の道具なので、人間の生活の道具と言っても良い。

生活の道具なのだから、「生きる為の道具」とも言える。

「生きる価値」という言葉は「生きる為の道具」で、「生きる」ことを量っている。
その行為自体に何の意味があるのだろうか?

仮に「生きる価値がない」と評価したら死ぬのだろうか?

順当に考えたら「生きる価値がない」と評価した時点で「価値」という評価の道具が「役立たず」になっているので、別の「価値」基準に交換するだろう。

つまり「お前には生きる価値はない」と評価している時点でそいつの価値基準に価値がない、ということになる。

「酒は飲んでも飲まれるな」で言えば「酒に飲まれている」状態といえる。

これがプログラムだったらコンパイルエラーになると思う。

それだけだ。

今日は大した話では無い。





あんまり関係無いがケインズのマンガを紹介しておく。


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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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