聞き手がメモを取らなければならないような説明をする者は、そもそも説明が下手である

2019年2月17日日曜日

システム開発 道徳常識 負言反抗

t f B! P L

いくつもの会社の中で働いてきて、いつも思うのだが、企業社会では説明する時に聞き手がメモを取ることがあたり前の慣習になっているが、これは間違った慣習だと思う。

突然の質問に対する回答ならば事前準備は不可能なので、説明の為の資料を用意することはできないが、予め予定されている説明やプレゼン、何れ説明することが解っている事柄などは、事前に要点を纏めた資料を用意してそれで説明すれば、相手はメモなど取らずに話に集中して聞ける。
なぜ事前に説明することが解っている事柄を予め資料に纏めておかないのか理解に苦しむ。

まあ、どうせ「文章書くのが面倒くさい」のだろう。
仕事の資料を作成するのが面倒臭いから自分は説明資料の作成をサボって相手にメモを取らせるのだろう。

率直に言ってこういう人間と仕事をしない方が良いと思う。
「仕事するのが面倒くさい」と言っているのだ。
仕事したくないならしなければよい。
正確に言えば丁寧に仕事ができなくなるほどの仕事量を引き受けなければよい。
自分で処理できない量の仕事を引き受けるのは顧客に対して不誠実である。
オーバーワークになるなら知り合いなどに代わりを努めて貰ったり外注するなりすればよい。
それでもカバー出来ないほど依頼がくるなら社員を雇って事業規模を拡大すべきだろう。

サラリーマンでも手の合いている同僚に手伝って貰うなり、上司に相談するなりすべきだろう。
ここで何もしない上司なら転職すべきだ。
人を増やすか、仕事を減らすか、納期を遅らせるか、機械の導入で省力化するか、対処法など決まっているのだから、どれか対処すへきだし何もしないのはただの怠慢だ。

手抜き仕事をやらざる得ないほど疲れているなら、疲れが取れるまで休むべきだろう。
良い仕事をするために健康を維持するために休むことを妨げる人が隣人に居るのなら、そいつは貴方の人生の敵であり、仕事の妨害者でしかない。
転職するなり離婚するなり離れるべきだ。

「どうしても休むことができない」という人は多いが、それは嘘だ。
最悪、会社を辞めればしばらく休むことはできる。
通常、健康体なら三ヶ月も休めばかなりリフレッシュするだろう。
疲労が多少蓄積していても半年も休めばリフレッシュする。
うつ病が発症してからでは何年も休息を取らなければならない。
疲れたらさっさと休むべきだ。

もし説明資料を作ることが面倒なぐらい疲労が溜まっているのなら直ぐに休養を取るべきだろう。

もし仕事をしたくないのであればやる気の出る仕事に転職すべきだ。
嫌な仕事を我慢してやるから手抜きをしたくなるのだ。
人と共同作業していれば説明資料の作成は避けられない仕事だ。
これが面倒くさいのなら貴方は今の仕事が嫌いなのだ。
さっさと辞めろ !

説明資料作成しない人間はそもそも理解していない

人間が頭の中だけで扱える情報量は海馬が記憶できる数メガバイト程度の情報量でしかない。
それを超える情報量を分析したら整理したりするには紙などの外部記憶に記録して考えなければ情報を処理できないものなのだ。
仕事の多くは海馬の容量数メガバイト程度を超える情報量になる。
資料に纏めなければ仕事の内容を理解することなどできないのだ。
一時的に打ち合わせの内容をメモなしで記憶することができる人は多いと思うが、その情報を分析・加工するには紙などに書き出さなければ不可能だと思う。
そういう意味で資料作成しない人間は仕事の内容を理解していない。
私の経験的にもそれが当てはまる。
だいたいそういう人間は考える仕事を人に押しつけているので、本人は何も仕事をしていないものだ。

もう一つ、資料を作成しないタイプで有害なのが、仕事に必要な情報を自分だけで独占して組織内での影響力を不当に高めようとするタイプだ。
このタイプは他の人が仕事を自分の許可や説明なしに進められないようにする為にわざと説明しないし資料も頑なに作成しない。
上司の命令などで資料作成しても本人の説明なしには理解できないような図ばかりの無意味な資料を作って誤魔化したりする。
上司がヘボだとこういう人間がチームの足を引っ張る。

とにかく仕事の資料を作成しない人間というのは有害な存在である。

上司や社長が筆無精だと組織が丸ごと筆無精になる

会社によっては会社が丸ごと筆無精に染まっていることも多い。
こういう会社は文書や資料を作成するどころか、文書を読むことすら面倒くさがるのでハッキリ言って仕事にならない。
だいたいこの手の会社の人間はある程度以上複雑なことを考えることができない。
間違ってこんな会社に関わったら全力で逃げることをお勧めする。
現代では文書を書いたり読んだりすることを面倒くさがる奴に仕事などできるわけがない。
IT系ならなおさらだ。

少し例外的な話だが、以前やたらに大きな紙の資料に書いて説明することにバカみたいに拘る会社で働いたことがあるが、ハッキリ言って無駄なだけだ。
資料などパワポやEXCELとWORDに書いてネットで共有したほうが情報を共有しやすいに決まっている。
紙に拘る必然性が無い。
その現場では大きな模造紙に情報を書いた方が概念を書き表しやすいと思っているようだったが、ペンが太いので紙が大きいわりには、さほど情報が詰め込めず、パワポに書くのと情報量的には変わりなかった。
古いやり方に何時までも拘る奴も迷惑だ。
ちなみにそいつらはオレより年下だった。
若者が常に新しいやり方を採用するというのはただの幻想だ。
若年老害は世の中に沢山居る。
50代60代の老人の教育をバカ正直に信じている20代30代は少なくない。

説明資料を作成することを自分の仕事と思っていない人々

説明の為の資料作成を自分の仕事と思っていない人々は多い。

その中でも上下関係や序列、「お客様は神様です」論を振りかざすタイプの人間は、序列ゃ上下関係の下位の者に対しては一切説明資料作成はおろか説明責任すら果たさない者が多い。

こういうタイプは顧客や上司に対してはキチンと説明資料を作るが下位の者には一切資料を作成しない。
私なら上下関係無く複雑な事柄に関しては資料を作成する。
そもそも複雑な仕事は資料や設計書に纏めないと自分が理解できない。
自分のために作成した資料がそのまま説明資料になるのが普通だと思う。

システム受託開発の世界では、発注者が受託者に業務の説明を怠るのが日常茶飯事になっている。
酷いのになると要件を明確説明にしない発注者も多い。
こういうのは明確に発注者責任を果たしていないので受注者に訴えられたら敗訴は確定である。

外注など要件定義を明確にしないと請負契約も瑕疵担保責任も成り立たないのに、どうして要件や業務の説明を怠る人間が居るのか本当に理解に苦しむ。

世の中には筆無精が多すぎる。
必要最小限の資料すら作ろうとしない。
最近は設計書作成すら手抜きするSEも多くなってきた。
開発やらずに設計書作成だけが唯一の仕事のSEが設計書作成で手抜きをするのだ。
そんなに仕事したくないなら辞めれば良いでは無いか。

とにかく仕事したくないのに仕事している人間が多すぎるのだ。
繰り返しになるが説明資料作成すらやりたくないような仕事なら辞めろ。
疲れているなら休め。
休むことを妨げる隣人からは離れろ。
切り捨てられない人間関係なんて存在しない。

説明資料も作成できないような仕事なら辞めてしまえ。
そんな人間は存在するだけで迷惑だ !

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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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