税と分配と通貨発行益

2018年11月10日土曜日

経済政策 時事

t f B! P L


この炎上は私も少し見ていた。
議論していたのはZOZOの田端氏と反貧困ネットワーク埼玉代表で聖学院大学人間福祉学部客員准教授の藤田氏。

議論の内容は大雑把に分けて二つ。
「富の分配のあり方」と「労働者と資本家の対立」の問題。

私はこの議論は途中で飽きてあまり真面目にトレースしていない。
私には無意味な空論に思えたからだ。

田端氏は完全にビジネス経営思考の人で多くの経営者と同様にマクロ経済には興味が無さそうだ。
藤田氏は経済学者の松尾匡氏の著書を読んだようだがトンデモ論呼ばわりで、経済学自体を否定しているようだ。
富の分配や労働者の所得や権利の話など、正に「経済」の話なのだが、藤田氏と田端氏の議論に経済の話は出てこなかった。
藤田氏は要するに企業を敵と見なし「労働者にもっと富を分配しなさい」と言っているのだ。
彼らの議論に出てくるのは企業(資本家)と労働者と労働組合だけで「政府」が出てこないのだ。
通常、富の分配に責任を持つのは政府だと思うのだが、政府の話が出てこないことが不自然に思えた。
また、どちらも「ゼロサム論」を信じているようで社会全体の価値や富が増幅する経済学的思考は信じていないようだ。

ただ良いきっかけなのでこれをネタに「富の分配」について記事を書いてみる。

何のための分配か

「富の分配」の話で良く出てくるのは「富裕層からより多く税を徴収し低所得者へより多く分配せよ」という話である。
「富裕層から多く税を徴収する」こと自体は間違った意見ではないと思う。
ただこの意見を主張する人達は明らかに「何のために富裕層から多く税を徴収するのか?」ということが分かっていない。

資本主義というのは「消費者の自由選択により資源の最適配分をする」しくみである。

よく「資本主義は自由競争だ」とか「資本主義は強者が弱者から搾取する仕組みだ」と言われるがこれらは嘘だ。
資本主義は初めから「分配」の為に作られた仕組みであり「競争」の為に作られた仕組みではない。昔はシステムに欠陥が多く貧富の差が極端に開いたり、労働者が必要最小減な所得すらも得られない状態に陥った。
しかし200年あまりの間に資本主義は改良を重ねかなり効率良く分配できる仕組みになっていった。
もちろんまだまだ欠点はあるが、今後も改良を続けてより良くなっていくだろう。

また、市場原理主義者などが「政府など無くても市場の仕組みだけで社会を維持できる」というような意見を主張しているがこれも嘘だ。
資本主義はスミスの国富論から始まっており、国が豊かに繁栄する為の方法論が原点になっている。
市場メカニズムも、政府と中央銀行によって通貨発行量の調節と財政政策による需給バランスの調整を行うことで維持しているので、国家が無ければ市場メカニズムは維持できない。

つまり富の分配をする理由は「国が豊かに繁栄する為」である。
ここで言う「国」というのは一部の権力者のことでは無い。
国を構成している国民全てが豊かに繁栄する事を意味する。

一部の権力者だけが利益を得るのが目的なら権力者が国民から搾取するのがベストになる。これでは国全体は貧しくなる。価値が増幅しないからだ。
国と国とは競争関係にある。国全体が貧しくなれば他国との競争に負けてしまう。
だから権力者も搾取の仕組みは選択できない。
経済力の弱い国は軍事力も弱い。

需要と供給のバランス

分配の議論が行われる時、いつも失念されるのが「需要と供給のバランス」の話だ。
需要と供給はほぼ同量でなければならない。

靴を100足生産しても客が80人しか居なければ80足しか売れない。
客が100人居ても靴が80足しか無ければ80足しか売れない。
全ての靴が売れるには100足の靴を作り100人の客がいる状態を作る必要がある。

分配の話をする人はだいたい供給側の話しかしない。
企業と労働者はどちらも供給者である。
「資本家と労働者の対立」の議論に欠落しているのが「消費者」の存在だ。
「資本家や富裕層から多く徴税し、労働者や低所得層へ分配を増やす」という話は供給側の中で利益をどのように分けるかという話に過ぎず、需要側(消費者)と供給側のバランスを調節して全ての供給者が利益を得ることは、全く考えていない。
現在の日本はデフレであり供給過剰の需要不足である。
供給側の中で資本家と労働者が利益の分配方法で揉める以前に、不足している需要側(消費者の所得)を増やさなければ、供給したモノが売れないので利益が十分に確保できない。

ここで大事なのは「資本家と労働者は全て消費者である」という事実である。

分配を考える時には
「消費者が十分な所得を持ち、全ての生産物を購入できるかどうかを考え、不足しているなら消費者に富を分配する必要がある」
ということを考える必要がある。

靴を100足作っても金を持っているのが80人だけで20人は貧困状態では80足しか売れない。今はこの80足の売上を企業と労働者で取り合っているのだ。
今考えるべきは貧困状態の20人に富を分配し、更に20足の靴を売ることだ。
そうすれば100足の靴の売上を企業と労働者で分配できる。

つまり「資本家が労働者に分配する」のではなく「生産者が消費者に分配する」ことを考えなければならない。
消費者が十分な富を持っていないのなら生産者の生産物は売れないのだから利益を得られない。
今の時代に考えるべきは「資本家と労働者の対立」ではなく「生産と消費のバランス」である。

なぜこんな時代になったのかと言えば技術の進歩により生産活動の「機械化や自動化」が進み、生産能力が「消費者の必要や欲」を上回ってしまったからだろう。
経済政策の失敗もあるが!

所得税、法人税、消費税、社会保険料

現在、来年に消費税増税を控えて、一部で「税は法人税や所得税で多く徴収するか、消費税で徴収すべきか」の議論が盛んだ。
私は「消費税など廃止してしまえ」と思っているがこれは論旨が違うので話さない。

だいたい経営者は法人税を減税し、消費税を増税すべきと主張する。
労働者は意見が統一されていない。
リフレ派やケインズ派は全員消費税増税反対である。

所得税と法人税は供給側に掛かる税である。
消費税は需要側に掛かる税である。
分配を考える場合「生産と消費のバランス」を考えるべきと先に説明した。
これは「供給と需要のバランス」であり、現在の日本は「供給過剰の需要不足」のデフレである。
「供給過剰の需要不足」なのだから需要が増える税制が必要だ。
消費税は需要が減る税制だ。インフレのとき使うべきだ。
デフレなら「生産者が消費者に分配する」ことを考えるべきで、所得税と法人税の「供給側の税」をより多く徴収して消費者に分配すべきだ。
ちなみにインフレなら逆である。
適正なインフレ率(コアコアCPI)は2%から4%ぐらいで4%を超えるなら過剰なインフレ、2%以下ならデフレと考える。
現在のインフレ率は0.4%である。

社会保険料

税と分配の話をする人がいつも失念しているのが「社会保険料」の存在である。
「法人税と所得税か、消費税か」の議論をしている人は何故か「社会保険料」の話はしない。
しかしこれも一種の「税」である。
しかもこの社会保険料は消費税以上に逆進性が高い。
ほぼ人頭税に近い。
格差や貧困問題に取り組む人々が何故「社会保険料」に注目しないのか不思議だ。
年金保険料の場合ほとんど富裕層と低所得層で保険料が変わらない。
国民健康保険なら所得に合わせて徴収するが通常は富裕層は国民健康保険では無く会社の健康保険か業界の健康保険に加入していて保険料が安い。
国民健康保険は年金生活者が多くなるので歳出が大きくなりどうしても保険料が高くなる。
非正規雇用や個人事業主、失業者など数も少なく所得が高くない層に国民健康保険加入者が多くなるので、弱い人々が高齢者の医療費を支えている状態になっている。
これが一番問題だ。
この問題を解消するには高齢者の健康保険を独立させた上で、不足する保険料を政府が「税や国債」で補填する体制が必要だ。
これをやると国民健康保険の保険料は大幅に安くなる。
弱い人々の負担は軽くなる。
格差や貧困問題に取り組む人々は、何故この点に注目しないのか不思議だ。

通貨発行益

政府の歳入と分配の原資は税収だけではない。
通貨発行益に関しては「消費税減税の財源はある!」で説明した。
簡単に説明しなおす。

経済は需要と供給のバランスで成り立つ。
技術の進歩で供給量は無限に増えていく。
需要量は供給量に合わせて増やさなければならない。
国民の需要の合計がGDPである。GDPの訳は国民総生産だが生産ではなく消費の総量である。
供給と需要の間で通貨を使い取引を行う。
供給も需要も増え続けるのならば取引に使う通貨も増やさなければならない。
つまり供給は技術の発達で無限に増え続けるので、それに合わせて通貨も無限に発行し増やさなければならない。
インフレが過剰にならない範囲内でだ。

政府は通貨発行によって政府予算を調達することができる。

通貨は日銀が発行する。
日銀は政府の所有物だ。
政府が通貨発行益を使うには国債を発行して、日銀がそれを新規発行した通貨で買い取る、という手順を踏む必要がある。

つまり、通貨発行益を使うということは政府は国債を日銀は通貨を発行することを意味する。

デフレ経済は通貨の価値が上昇している現象なので通貨を発行し通貨の希少性を弱めて価値を落とす必要がある。
デフレ下では通貨を発行しなければならないということだ。
これはデフレ下では通貨発行益を使えるということでもある。
デフレ下では税収は不足しても問題ない。

大事なのは経済を大きくして分配の原資を増やすこと

分配の議論が行われるときほぼ全ての人々が「ゼロサム論」で議論する。
「ある予算を確保するには、別の予算を削らなければならない」
「社会保障費を確保するには増税しなければならない」
というように「社会に存在するお金(通貨)の量は限られている」という前提で議論する。

彼らは毎年日銀が発行している80兆円の通貨の価値をどうして使おうとしないのだろう。

実際は
「通貨の量は増え続ける」
「政府は通貨を発行でき、通貨発行益を使える」
「社会保障費は通貨発行益で確保できる」
のが真実だ。

彼らは格差の問題を議論する時も、ゼロサム論なので金持ちや企業から税を徴税して低所得層に分配すべきと考える。
この考え方だと社会全体のお金(通貨)の量は変わっていない。
分配はもちろん大事なのだが、それは先に説明したように消費者と市場(等量の需要と供給)を維持する為である。
そして先に説明したように技術の進歩により供給は増え続けるので市場は永遠に拡大を続ける。
市場の経済規模が大きくなると格差は大きくなる。
格差問題と貧困問題は切り離して考えた方が良いと思う。
デフレが長引いたので貧困は拡大したし解消には時間が掛かる。
貧困を解消するには分配を増やす必要があるが、その原資は通貨発行益を使うべきだろう。
今はデフレなので法人税、所得税、消費税、社会保険料すべての税制で減税すべきだ。
増税してはいけない。
インフレになれば税収は増えるのでそのとき税率を見直せば良い。
インフレになれば経済は拡大を続けるので分配の原資は増え続ける。

ゼロサム論では分配の原資は増えない。
増税などしたら原資は減ってしまう。

格差に拘るより経済を成長させ分配の原資を増やす方法を考えるべきだろう。

今やるべき事は新規国債を20兆円から30兆円ほど追加発行して国民に投資することだ。


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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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