お客様は神様ではない

2018年9月3日月曜日

システム業界問題 経済政策 道徳常識 負言反抗

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あらゆる受託商売で当てはまることだと思うが、顧客が傲慢な王様のようにふるまい、受託者を奴隷のようにコキ使うということはよくあると思う。
SIer業界でも長引くデフレ不況の中で、顧客の理不尽な要求に逆らえず渋々要求を飲んでしまうことも少なくない。
そしてその理不尽な要求はさらに下請けへと押し付けるのである。
末端の下請けは派遣エンジニアなのだが、ここでは無理な労働によって過労死やあるいは精神疾患を大量に作り出す業界になっている。
現在、SIer業界に対するバッシング報道が頻繁になっているが、このような労働環境から考えれば当然のことである。
現実にSIer業界は精神疾患及び精神障害者を大量に生み出す「工場」のようになっている。
私も10年以上前に超過労働と激しいパワハラによってメンタルをやられたことがある。
総労働時間360時間を超える超過労働が一年以上、それ以前も260時間を超えていたので二年以上超過労働を強いられたことになる。
パワハラも酷く徹夜を強要されたり、疲労で体調を崩して休む連絡を入れると自宅まで押しかけてきてドアをガンガン叩いて会社に無理矢理連れて行こうとするような惨いものだった。
2008年に倒れて三年間働くことが出来なかった。その後は通院しながら社会復帰した。
この話は別途詳しく話そうと思う。
今回はここまでとする。

こういう酷い労働環境の話はSIer業界では珍しくない。超過労働で精神疾患になった人間なんてその辺にゴロゴロいる。
「あの人死んだよ」なんて話も時々聞く。
労災か下りないので過労死認定されていないだけで、実際は過労死だ。
労災の認定基準は非現実的なほど厳しいのだ。
この話も今回は触れない。後にする。

このような不幸な状況を作り出したのは結局のところデフレ不況が原因だと思っている。
デフレは広義には総需要の不足なので「売り手」に対して「買い手」が少ない。結果として「買い手市場」、つまり買い手の力が強い。
「売り手」は「買い手」に逆らい難い。
このような経済状況の中で生まれてきたのが「顧客中心主義」「お客様は神様です」という価値観だ。

上記のような非人間的な労働環境が形成される原因としては「お客様は神様です」という価値観が強く歪なほど市場全体に蔓延していることが原因だと思う。

民法の請負契約及び委任契約(準委任契約)においては、売り手と買い手の間に上下関係はなく原則対等である。

資本主義の原理および貨幣経済の仕組みから考えても売り手と買い手は原則対等である。

取引というものは価値の交換である。
通貨は価値の証明書であり、銀行の債券(日銀債)である。
交換対象となる価値がたまたま債権であった場合に「買い手」と呼ばれているだけである。

原始的な物々交換に遡って取引を考えてみれば分かりやすい。

甲さんは米を栽培している。
乙さんは大豆を栽培している。
甲さんと乙さんが米と大豆を交換した。

これがもっとも基礎的な「取引」である。
現在の貨幣を使用した取引もこれの延長線上にある。

甲さんと乙さんの立場は対等である。
翌年、大豆の不作か起きた。
米と大豆はそれぞれ炭水化物とタンパク質、どちらも必須の食料だ。

大豆は数が少ないので価値が上がる。
ここで取引に優位性の差が生じる。
大豆を交換する方が、米を交換する者よりも優位性を持つ。
大豆はより少ない量で、多くの米と交換できる。
乙さんは甲さんより取引の立場が強くなる。
優位性に差が生じるのは受給バランスが崩れたときであり、少ない方が立場が強くなる。

さらに翌年、今度は米が不作て大豆か豊作だったとしよう。
甲さんと乙さんの立場は逆になり、数の少ない米の作り手の立場か強くなる。

どちらの場合においても米の作り手と、大豆の作り手の関係は原則対等である。
受給バランスによって優位性が変動するだけだ。

ここで、中央銀行が誕生して貨幣(通貨)を発行したとする。
甲は畑を担保に銀行から金を借りた(信用創造)。
その金を乙の大豆と交換した。
甲は「買い手」で乙は「売り手」である。

乙も銀行に金を借りた(信用創造)。
その金を甲の米と交換した。
乙は「買い手」で甲は「売り手」である。

翌年、大豆が不作になれば、やはり大豆の作り手が優位になる。
貨幣は関係ない。

さらに翌年米が不作になれば、米の作り手が優位になる。
貨幣は関係ない。

甲と乙のやっていることは貨幣が現れる前にやっていた「米と大豆の交換」以外の何物でも無い。

取引は価値の交換である。
「売り手」と「買い手」に上下関係は無く原則対等である。
両者の優位性は受給バランスによって変動する。

これが資本主義の真理だろう。

まるで小学生に教える道徳の授業のように、資本主義の道徳の断片を説明したが、この程度の真実を大の大人がまったく把握していないのが現代社会の現実だ。

先に説明したSIer業界の底辺の非人間的労働環境も元を正せばデフレ不況によって蔓延した「お客様は神様です」という偽物の道徳観念によって生み出された公害なのだ。

真の資本主義は公正対等な取引と自由選択による資源の最適配分によって達成される。
不平等、不公正な取引は資本主義を殺してしまう。
従って「お客様は神様ではない」
神様などであってはならない。

おまけ(デフレとは)

先の米と大豆と銀行の市場のたとえ話で、もう一つ優位性に差が生じることがある。

それは「貨幣」が不足する事態だ。

米も大豆も豊作にも関わらず、取引に必要な数の「貨幣」が発行されていなければ必要なだけの「米と大豆の交換」が出来なくなる。

現代社会のように物々交換できない社会では、銀行が全ての取引に必要な貨幣を十分に発行していないと、必要な取引を行うことができない。

米と大豆がそれぞれ100万円相当生産されている場合、全て市場に出して取引するには200万円の貨幣が必要になる。

もし銀行が100万円の貨幣しか発行していなかったら甲と乙は生産した米と大豆を、それぞれ50万円でしか売れないことになる。
生産した価値は200万円なのだが、取引できる価値は100万円しかないので市場でできる取引が100万円分しかできないのだ。
この時物価は実体価値より安く半分になってしまう。
必要なモノは全て生産しているのに、不景気になる。
この現象を「デフレ」と呼ぶ。

日本で15年間にわたって続いた不景気の正体である。
デフレについてはまた機会を改めて説明したい。

今日はこれで終わる。

お客様は神様ではない!




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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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