国家主権について思うところ

2018年8月13日月曜日

時事

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 最近、ツイッターで国民主権と国家主権についての話題が持ち上がったので、ちょいと私が普段思っていた国家主権の話をしたいと思います。

 話題のニュース

群馬県伊勢崎市の伊藤純子市議の主張。

「今一度、辞書で調べてみてください。主権とは『国民および領土を統治する国家の権力。統治権』の意。『国家が他国からの干渉を受けずに独自の意思決定を行う権利。国家主権』。つまり、国語的に、主権は『国民』ではなく『国家』にあるのです。また国家主権が国民を蔑ろにすることなどあり得ません」


 主権というのは国家の統治権と独立性を意味する概念で、当然のことながら一つの国には一つしか主権はありません。
 日本の主権は一つだけです。
 憲法に定められた国民主権というのは「国民が直接主権を保有する」という意味には解釈できません。それでは主権が国民の数だけ複数存在することになります。日本国は一つに統一されて治められていないということになります。
 主権は「統治権」ですからね。
 では国民主権とは何か? と考えた場合、これは「国民が主権を選択する権利を保有する」と解釈しなければ成り立ちません。
 一言で表すならば「国民国家主権」とでも言えば良いでしょうか。

 <話題のニュース>の中で伊藤純子市議は
「主権は『国民』ではなく『国家』にあるのです」
 と言っていますが、これはかなり誤解を招く表現だと思います。
 この説明では国民に国家主権を選択する権利が無いように聞こえます。
 しかし、実際は国民は民主主義の元、選挙によって主権の内容を選択することが出来ます。
 保有の関係で言えば、「国民→国家→主権」という具合に主権は国家が保有し国家は国民が保有する。という関係になりますから、「主権は国民ではなく国家にある」というのは「国民が国家を保有する」の部分を否定しているので、間違っているのではないかと思います。
 「国民主権」を否定することになりますからね。
 だだ伊藤純子市議は保守派ですから「国民主権」という言葉に直接的違和感を感じていたのかも知れません。「国民主権」を言葉の通り解釈すれば「国民が主権を保有する」という意味になってしまいます。先の説明のように一つの国には一つの主権しかないので、国民が直接主権を保有することはできません。主権が個々人でバラバラになってしまいますから。保守派の間では以前から言われていた問題なのですが。

 一応、「国民主権」はハッキリと憲法に明記されている以上は存在しているのであり、これを否定することは出来ません。たとえそれが日本語として「やや変」であってもできるだけ「論理的に成立する解釈」をして遵法しなければなりません。

 以上、前振りを終わります。

大日本帝国憲法の天皇主権とは


 せっかく「主権」の話が出たので大日本帝国憲法の「天皇主権」の話をしたいと思います。
 大日本帝国時代には「主権」という言葉が現在とは違う意味で使用されていたようです。日帝時代には「主権」という言葉は「国家元首」と同じ意味だったようです。
 言い換えると「大日本帝国憲法における統治権は主権と同じ意味」ということになります。
 日帝時代には国家元首は天皇ですから「天皇主権」ということになるようです。
 現在の日本国憲法では、政治的執行権は内閣総理大臣が担い、内閣総理大臣を選ぶのは衆議院与党です。衆議院与党は選挙で選ばれますから国民が執行権を選ぶことになります。「国民主権」とは執行権を持つものを国民が選ぶことを意味するので、大日本帝国憲法の主権とは意味が違ってきます。
 大日本帝国憲法、日本国憲法のどちらにおいても「主権」が統治権と独立権を意味するのは変わりません。
 しかし、第三の定義がそれぞれ違います。
 日本国憲法においては、執行権を持つものを選挙で選ぶ権利と機能を意味する。
 大日本帝国憲法の場合は大日本帝国憲法第4条の規定を意味する。
 「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」
 (現代語訳 wikipediaより引用)「天皇は、国の元首であって、統治権を総攬し、この憲法の条規により、これを行う。」
 これは要するに憲法に定められたルールに従い天皇が統治権を総攬するということです。「総攬」とは「手にとる」という意味らしく専制ではない。結局、内閣総理大臣が執行権を握るので、現代とほぼ同じである。

 つまり、その実態を比較すると「天皇主権」と「国民主権」は、ほぼ同じです。
 
 歴史の教科書で「戦前は天皇主権だったが戦後は国民主権になりました」と教えられるが、これは言葉の定義と言い方が変わっただけで意味の無い説明だということになる。

 よく「戦後日本は民主化しました」と教えられるがこれも嘘だ。先の説明で日帝時代も民主主義で国民主権と同じ天皇主権だったと説明した。
 明治時代から日本は法治国家であり民主主義であることは少し調べればわかる。

 「主権」の基本的な考え方は明治からほぼ変わっていない。
 一つ一つの言葉の定義が変わっているのだが、全体をまとめると同じになる。
 「天皇」が元首から象徴に変わったのでこのようになったのだろう。

 以前から「主権」について書きたかったことを書いてみた。
 この主張に特に政治的意味は無い。

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オッサンです。実務経験は Windows環境にて C#,VB.NET ,SQL Server T-SQL,Oracle PL/SQL,PostgreSQL,MariaDB。昔はDelphi,C,C++ など。 趣味はUbuntu,PHP,PostgreSQL,MariaDBかな ?基本無料のやつ。

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